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仙台地方裁判所 平成6年(ワ)1599号 判決

原告 小原一

被告 国

代理人 伊藤直之 草薙秀雄 ほか5名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一〇月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、小原チエコ(以下「チエコ」という。)が被告の設置する東北大学医学部附属病院(以下「被告病院」という。)神経内科に入院中に死亡したのは、被告病院の医師らによる呼吸管理が適切に行われなかったことによるものであるところ、チエコの夫である原告が、診療契約についての債務不履行に基づく損害賠償請求権ないし被告病院医師の診療上の過失に基づく国家賠償請求権を相続したとして、被告に対して右請求権を主張している事案である。

一  争いのない事実等(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、平成五年一〇月二六日に死亡したチエコ(昭和七年一月二〇日生)の夫であり、その相続人である。

なお、チエコの法定相続人としては他に訴外小原進がいるが、原告と同人との間で、チエコの遺産はすべて原告が相続する旨の遺産分割協議が成立している(〈証拠略〉)。

(二) 被告は、被告病院の設置者であり、チエコが被告病院神経内科に入院していた当時、チエコの主治医であった水野安二医師(以下「水野医師」という。)、及びチエコの死亡した日に当直医として診療に当たった江島晃子医師(以下「江島医師」という。)らを雇用していた。

2  チエコが死亡に至った経緯

(一) 発症から平成五年四月三〇日の退院まで

(1) チエコは、平成四年九月末ころ、「手に力が入らず、炊事、洗濯がひとりでできにくくなった」などの自覚症状を訴えて仙台市立病院整形外科を受診したが、原因が分からず、被告病院整形外科を紹介された。そこで、チエコは、同年一〇月一四日、同科を受診したところ、随意運動神経系のみが侵される運動ニューロン疾患の可能性があると診断され、被告病院神経内科での受診を勧められた(〈証拠略〉)。

(2) チエコは、同年一二月八日、同科外来を受診し、検査を受けた。その結果、被告病院医師は、運動ニューロン疾患であるとの暫定診断をしたが、チエコは、平成五年一月二五日、確定診断のため、同科に入院して(以下、「第一次入院」という。)検査を受けた(〈証拠略〉)。その結果、平成五年二月三日ころ、チエコは筋萎縮性側索硬化症(以下、「ALS」という。)であるとの確定診断がされ(〈証拠略〉)、水野医師は、そのころ、原告に対して、右病名を告知した。

(3) チエコは、同年四月三〇日、被告病院神経内科を退院した。

(二) 平成五年一〇月二三日の入院以降

(1) 原告は、平成五年一〇月二〇日ころから、チエコの痰の吸引が困難になり、自宅療養では対応しきれないのではないかと不安を感じるようになったため、水野医師に入院を打診した(〈証拠略〉)。その結果、同月二三日、チエコは被告病院神経内科に再入院した(以下、「第二次入院」という)(〈証拠略〉)。

(2) チエコの病状の経過は、以下のとおりである。

(イ) 第二次入院中の平成五年一〇月二四日以降に実施された血液ガス分析の回数及び結果は、別表「血液ガス分析結果一覧表」〈略〉記載のとおりである(〈証拠略〉。なお、〈証拠略〉に添付された血液ガス分析の結果票に記載された時刻は、検査機器の時刻を調整していない場合もあるため必ずしも正確な時刻ではない(〈証拠略〉)。)。

(ロ) 同月二六日午前六時ころ、江島医師は、チエコが下顎呼吸をしており、呼名反応も、痛覚反応もない旨看護婦から報告を受けた(〈証拠略〉)。

(ハ) 水野医師は被告病院から連絡を受け、同日午前六時三〇分ころ、病室に到着した。同医師は、午前六時三五分ころ、チエコに気管内挿管をし、人工呼吸器を装着した(〈証拠略〉)。

(ニ) 原告は、同日午前六時三五分ころ、病院からチエコの容態が急変したとの電話を受け、午前七時一五分ころ、病室に到着した(〈証拠略〉)。

(ホ) 同日午前八時三分、チエコの死亡が確認された。チエコの直接の死因は呼吸困難とされている。(〈証拠略〉)。

なお、原告は、原告が病院に到着した午前七時一五分の時点で、チエコが既に死亡していたと主張しているが、これを認めるに足りる証拠はない。

3  ALSの病態及び治療方法

ALSは進行性筋萎縮症の一型で、運動ニューロンの選択的変性が見られる、いわゆる運動ニューロン疾患の代表的疾患であり、原因は平成五年当時も現在においても不明である。

症状としては二次ニューロン障害としての小手筋の筋力低下、筋線維れん縮、筋萎縮などから始まり、四肢筋に及ぶ。一次ニューロンの障害としての深部腱反射亢進、バビンスキー微候などの錘体路徴候が認められ、また、舌の萎縮、構語・嚥下・呼吸障害などの球麻痺症状が出現する。しかし、高次知的機能や視覚系を含む感覚系、膀胱・直腸機能は完全に保たれることが特徴である。

予後としては極めて不良で、原因が明らかでないため根治的治療法はなく、発病後約五年以内に球麻痺(舌、口唇、咽頭筋麻痺)症状の悪化により呼吸不全によるCO2ナルコーシス(「炭酸ガス昏睡」等ともいい、血中に炭酸ガス(CO2)が増えたために起こる麻酔されたような状態のことをいう。)か肺炎を起こして死亡する例が多いが、人工呼吸器の使用による長期生存例もある(〈証拠略〉)。

第三争点と当事者の主張

一  争点

1  被告病院の医師らに人工呼吸器装着義務違反があるか。

2  被告病院の医師らに説明義務及び意思確認義務違反があるか。

3  チエコの生命の危険が差し迫った時期における被告病院の医師らの所為に過失があるか。

4  チエコの死亡との因果関係及び損害

二  争点1について

1  原告の主張

(一) 呼吸不全が著明なALSにおいては、人工呼吸器装着以外に延命の方法はないとされているのであるから、医師には、患者の呼吸筋機能の低下を正確に認識して、呼吸不全が重篤化する以前に気管切開を行い、人工呼吸器を装着すべき注意義務がある。

原告は、チエコの一日でも長い生存を望んでいたところ、自宅での原告による看護、特に痰の吸引が原告の手では困難になったと感じたため、被告病院神経内科の水野医師に相談の上、平成五年一〇月二三日にチエコを入院させたものであり、第二次入院の目的がチエコの延命にあったことは明らかであった。

したがって、被告病院の水野医師らには、チエコに対して、適切な時点で、あるいは人工呼吸器を装着しなければ生命を維持できない状態に至った場合には直ちに、延命のために人工呼吸器を装着すべき義務があったのに、同月二六日午前六時三五分ころに至るまで装着しなかった。

2  被告の主張

(一) 現在のところ、ALSに対する根治療法がないことや人工呼吸器装着後の療養体制には後記(二)のような様々な問題を伴うことから、呼吸不全のALS患者に対して人工呼吸管理を行うことについては医学界でも賛否の分かれているところであり、医師は呼吸不全に陥ったALS患者に対して直ちに人工呼吸器を装着すべき義務を負っている旨の原告の主張は失当である。

また、ALS患者及びALS患者を抱える家族並びにその遺族らによって結成された日本ALS協会が平成五年七月に行った調査結果でも、人工呼吸器の装着者(調査当時、療養中の患者及び亡くなった患者を含む。)は、六七七名中、二八六名で約四二パーセントとなっていることから見ても、呼吸不全に陥ったALS患者は当然に人工呼吸器による呼吸管理のもとにおかれるべきであるとするかのごとき原告の主張は失当である。

(二) ALS患者が呼吸不全に陥った場合等における人工呼吸器装着については、前記(一)のように医学界でも賛否が分かれていることから、〈1〉いったん人工呼吸器を装着した後にこれを取り外すことは、即、患者の死を積極的に招来することとなること、〈2〉また、患者は、人工呼吸器装着後は生活の全場面で全面的な介護を必要とすることになるので、装着後の療養体制には患者の家族の協力が不可欠であること、〈3〉しかも、人工呼吸器を装着した後の生存期間は二、三年から数年に及ぶところ、その間、患者の知能は正常に保たれていながら身体は完全麻痺の状態で見通しのない長期間の療養となるから、患者はもとより介護に当たる家族の精神的、肉体的、経済的負担は大きいことなどの問題を、患者又は家族に対して十分に説明した上で選択してもらう必要があり、医師の判断のみで装着することはできないというのが、現在の医学界の一般的な考え方であり、〈証拠略〉も同旨である。

したがって、患者あるいは家族の同意がなければ、ALS患者に対して人工呼吸器を装着することはできない。

(三) この点、チエコの症状は痴呆とパーキンソン症候群の合併した特殊型であったところ、症状が進行した場合には他の症例と比べて、さらに深刻な状況になることも考慮する必要がある。

すなわち、人工呼吸器装着後の患者のクォリティーオブライフや患者の家族の経済的、精神的、肉体的な負担の重さを考えると、チエコのように痴呆の症状を伴うALS患者に対しては、他の症例の場合にもまして、患者にとっても家族にとっても人工呼吸器を装着しないことが適切であると考えられることから、〈証拠略〉のとおり、医学的見地からは痴呆の症状を伴う患者に対しては人工呼吸器を装着すべきでない。

三  争点2について

1  原告の主張

(一) 仮に、被告が主張するように、ALS患者に対しては、本人あるいは家族の同意なくしては人工呼吸器を装着すべきでないのであれば、被告病院医師らにはチエコあるいは原告に対して、延命のためには人工呼吸器装着を要するに至ること、及び装着した場合のその後の経過について説明をする義務があった。

しかしながら、本件において、水野医師は、第一次及び第二次入院を通じて、チエコあるいは原告に対し、人工呼吸器装着を要する事態が早晩訪れることについての説明を一切していなかった。

原告は、チエコの生存を望んでいたのであるから、右説明を受けていれば、装着に同意したことは明らかであり、原告が説明を受けなかったことにより、チエコは適時に人工呼吸器の装着を受けることができなかったというべきである。

(二) 仮に、水野医師が原告に対して説明をしていたものとしても、人工呼吸器を装着するか否かにつき諾否を明らかにしない患者あるいは家族に対しては、意思を確認する義務があるのにもかかわらず、同医師は原告に対して諾否を明らかにするよう回答を求めず、意思確認を行わなかった。

しかして、原告は水野医師から意思確認を求められなかったことから、人工呼吸器装着につき承諾しなかったため、チエコは適時に人工呼吸器の装着を受けることができなかったというべきである。

(三) 被告の主張に対する反論

(1) 被告は、第二次入院時に人工呼吸器装着の諾否について原告に対して回答を求めたと主張するが、第二次入院の理由は原告の手では痰をとるのが困難になったためであったし、平成五年一〇月二三日のカルテの記載(〈証拠略〉)からは、水野医師は、第二次入院時の治療方針として、脱水症への対処、感染症の防止、胃瘻の形成、早期の退院と自宅看護を目指していたことが窺われるところ、呼吸障害や人工呼吸器の装着に関しては記載がされていない。

これらのことからすると、チエコの当時の症状は、人工呼吸器装着について原告の同意を得なければならないような状態ではなく、したがって、原告に対する説明や意思確認の事実はなかったというべきである。

(2) また、チエコのカルテ(〈証拠略〉)のいずれにも、原告に対して人工呼吸器装着についての説明をした旨の記載が一切ない。

この点、被告は、カルテに記載がないのは神経内科医がALS患者に対して人工呼吸器について説明するのは当然のことだからである、被告病院神経内科においては、装着の同意が得られた患者についてのみカルテに記載をし、主治医が不在になる場合には、当直医らに対し、同意が得られていない患者についてはその旨申し送りするという扱いをしており、水野医師はこの扱いに従って原告の同意が得られていないことにつき申し送りのメモを残し、また、看護婦に対して連絡していた旨主張する。

しかしながら、当直医らには、当然のこととされる人工呼吸器についての説明がされたかどうかはカルテを見なければ分からないし、また、カルテには行った処置等をそのまま記載しなければならないというのが医師法二四条、医師法施行規則二三条等の定めるところである。

(3) さらに、水野医師は原告に回答を求めたときの原告の回答は「ええまあ」とか「自分だけでは判断できない」といったものであったとするが、原告の回答として具体性に欠けるものである。

(4) 以上のことからすると、水野医師は原告に対して説明及び意思確認をしていなかったというべきである。

(5) なお、原告は水野医師から「チエコはALSに罹患しており、ALSには根治的治療法がない」旨の説明は受けたが、チエコが痴呆とパーキンソン症候群の合併した特殊型のALSに罹患しているとの説明は受けていなかった。

2  被告の主張

(一) 前記一2(三)のとおり、医学的見地からは、チエコのように痴呆の症状を伴うALS患者に対しては人工呼吸器を装着すべきでないから、担当医は、そもそも患者あるいは家族に対し、人工呼吸器についての説明をする法律上の義務を負わないというべきである。

(二) 仮に、痴呆を伴うALS患者についても、人工呼吸器装着について説明すべき法律上の義務があるとしても、被告病院神経内科においてはALS患者については常に呼吸不全に至ることが予想されることから、ALSの全例につき予後及び人工呼吸器の装着について説明を行う方針をとっており、右方針に基づいて、被告病院の水野医師は原告に対し、人工呼吸器装着について後記(1)ないし(10)のとおり、約一〇回にわたって、説明を行ったり回答を求めたりしていた。しかしながら、原告はいずれの場合においても、「ええ、まあ」と言って態度を明らかにしなかったり、「自分だけでは判断できない」と答えるのみで諾否を明確にしなかった。

なお、水野医師が原告に対して説明を行ったのは、当時チエコには痴呆の症状が認められ、チエコの医療指導に対する説明等の理解力はゼロに近い状態であったためである。

(1) チエコの諸検査の結果が出た平成五年二月三日ころ、水野医師は原告に対し、チエコはALSに罹患していることを告知するとともに予後等について説明した。

すなわち、〈1〉被告病院神経内科でのALS患者の平均余命は発症後約四年で、全国平均でも発症後三、四年以内に呼吸不全で死亡していること、〈2〉ALSは原因不明の疾患であり、近い将来においても治療法が確立する見込みはないこと、〈3〉呼吸筋である横隔膜や肋間筋も上肢と同じように筋萎縮が進行し、最終的には呼吸不全に至ること、〈4〉呼吸不全になれば自力で呼吸することはできず、人工呼吸器の装着が必要となること、〈5〉人工呼吸器を装着すると気管切開をすることになるから、発語は不能となるし、経管栄養若しくは胃瘻が必要となること、〈6〉人工呼吸器を装着するとベッドで寝たきりの状態になること等を説明した。

このときは人工呼吸器を装着するか否かについて、原告の同意を求めていない。

(2) (1)の数日後、水野医師は看護婦同席の上、再度、原告に対し、病名、治療法、予後について説明し、人工呼吸器装着の諾否を回答するよう促した。

(3) 平成五年三月一〇日ころ、水野医師はNHKの「プライム10」というテレビ番組で「命燃やす日々 ある難病患者の二〇年」と題するALS患者の闘病生活を扱った特集を放映することを知り、原告に対し右番組を見るよう勧めた。その際、原告にチエコの延命のためには人工呼吸器の装着が必要になることについて話した。

原告はこの番組を見た後、水野医師に対して「ALSって怖い病気ですね。」と感想を報告している。

(4) 同年三月一八日か一九日ころ、呼吸機能の検査依頼に対する結果(〈証拠略〉)について原告に説明した際、水野医師は、原告に対し、必要となったら人工呼吸器を付けるか否か結論を出すよう促した。

(5) 具体的日時は不明であるが、第一次入院中、水野医師は、原告に対し、仙台141ビルで開催されるALS友の会に参加するよう勧めた。水野医師は、原告がALS友の会において人工呼吸器を装着した患者のパネル写真の展示を見て、人工呼吸器装着後の実態を知り、また他のALS患者の家族と話し合う機会を持ってほしいと考え、これに出席するよう勧めたものであったが、原告はこれに参加しなかった。

(6) その後、日時は不明であるが、水野医師は原告に人工呼吸器を装着している他の患者の様子を病室の外から見てもらい、人工呼吸器装着について結論を出すよう求めた。

(7) (6)と同じころ、水野医師は原告に対して、人工呼吸器を装着し二四時間付添い介護をしている患者の妻を紹介するから、どのような苦労があるか説明してもらうようにと勧め、人工呼吸器装着の諾否について結論を出すよう求めた。

(8) 第一次入院の退院時である同年四月三〇日、水野医師は原告に対し、予後や在宅中の食事についての注意事項を説明するとともに、早晩呼吸不全の状態に至ることは必定であったことから、チエコが呼吸不全に陥ったときに延命を希望するなら人工呼吸器が必要となることについて説明した。

(9) 第二次入院直前の同年一〇月二〇日ころ、水野医師は、原告からチエコの症状について電話で連絡を受けた際、人工呼吸器装着の諾否について結論を出すよう求めた。

(10) 水野医師は、第二次入院に際し、原告に対して、人工呼吸器装着の諾否につき結論を出すよう促した。

(三)(1) 以上のとおり、水野医師は原告に対し、チエコの延命のためには人工呼吸器の装着が必要となること、及び装着した場合のその後の経過について、折あるごとに説明し、装着の諾否を回答するように求めてきた。

人工呼吸器の装着には前記二2(二)のような問題があることにかんがみれば、諾否についての態度を明らかにしなかった、あるいはできなかった原告の複雑な心中は察するにあまりあるところであるが、主治医がALS患者又は家族に対し人工呼吸器装着に伴う問題についての説明を行うことは神経内科医の常識であるから、かかる説明を全く受けなかったし、知らなかったとする原告の主張は事実に反する。

(2) なお、原告は、カルテに水野医師が原告に対する説明を行った旨の記載がないのは、水野医師がこれを行わなかったからである旨主張するが、ALS患者に人工呼吸器の説明をするのは神経内科医の常識であって、このような説明は当然のことであるから、カルテに記載しないのが通例である。被告病院では人工呼吸器は患者ないし家族の同意なくしては装着できないことから、同意が得られた患者についてのみカルテにその旨記載し、主治医が出張等で不在になる場合には、当直医らに対して、同意がない患者についてはその旨申し送りしていた。

また、原告は、カルテに人工呼吸器装着について説明したことを記載しないのは医師法二四条及び医師法施行規則二三条に違反するかのように主張するが、ALS患者に対する人工呼吸器装着については「装着するか否か」が唯一問題なのであり、他の場合と異なって、いかなる説明をしたかは特段問題とならないことから、同意の有無さえ明らかになっていれば足り、説明したことまでカルテに記載しなければならないものではない。

(四) さらに、原告は、人工呼吸器装着の諾否を明らかにしない患者や家族に対しては、医師は回答を求める義務があると主張する。たしかに、一般的に、医師が患者や家族に対して意思を確認する時間的余裕のある場合にはその意思を確認する必要があることは当然のことであり、〈証拠略〉のとおりである。

しかし、医師が患者や家族に対して十二分の説明をしているにもかかわらず、家族らが意思を明らかにしない場合にまで、なおも回答を迫るべきかは別論である。

すなわち、人工呼吸器の装着による延命が患者の人格にもたらす様々な影響や延命を思いとどまった場合の結末、あるいは装着後の患者本人及び家族の心的苦痛、装着した後二、三年から数年に及ぶかもしれない介護者としての家族の想像を絶する人的負担と経済的負担等を考えて、ためらい、決断を迷っている家族らに対して医師が回答を迫ることは、法的に不要であるというべきであり、前記(二)のように十分な説明を受けていたにもかかわらず、意思を明らかにしなかった原告に対して回答を求める義務は水野医師にはなかったというべきである。

四  争点3について

1  原告の主張

(一) 仮に、被告が原告に対して人工呼吸器装着についての意思を明らかにするよう求めたが、原告が明確な回答をしていなかったものとしても、被告病院医師らにはチエコの生命の危険が迫った時点で、原告に対し、意思を確認すべき義務があった。

本件では、平成五年一〇月二五日午後九時から同月二六日午前二時ころまでの経過に照らせば、チエコの生命の危険が差し迫っていることは明白であった。すなわち、二五日午後九時一二分から二六日午前二時一分までの血液ガス分析の結果によれば、標準値であるPH(水素指数)七・四二±〇・〇四、動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2。以下、「PaCO2」という。)三九±七、動脈血酸素分圧(PaO2。以下「PaO2」という。)九一±一七からいずれも大きく外れており、特にPaCO2の数値は悪化の一途をたどっていることは明らかであった(別表「血液ガス分析結果一覧表」〈略〉参照)。

したがって、当直の江島医師はPaCO2の数値の上昇が続いていることから、人工呼吸器を装着しなければ延命を期待し難い状態に至ること、すなわち生命の危険が差し迫ることを予見して、原告の意思を確認しておくべきであったし、しかも、人工呼吸器装着の絶対的適応となった午前六時二七分ころまでの間には意思確認をする時間的余裕があった。

それにもかかわらず、江島医師が原告の意思を確認しなかったために、チエコは適時に人工呼吸器の装着を受けることができなかったというべきである。

(二) そうでないとしても、江島医師がカルテに「呼吸性アシドーシス」、「23:10 CO2蓄積傾向にあるので」、「1:30 Blood gas悪化」との記載を残している(〈証拠略〉)ことからすれば、同医師はチエコの呼吸状態が悪化傾向にあると気づいていたというべきであり、そうであるとするとチエコの経過観察を厳重に行い炭酸ガス昏睡に対する措置を行う必要があったのに、午前二時一分の血液ガス分析までの間、酸素投与量を調節したのみで、午前二時一分の血液ガス分析以降に至っては、午前六時までの間、看護婦に巡回させたのみであったがために、同医師は、チエコの症状の悪化を見逃して適切な人工呼吸器装着の機会を逸したというべきである。

(三) そうでないとしても、江島医師は、主治医も予想していなかった急激なALSの症状の悪化が呼吸不全の原因と考えたのであるから、当直医として午前二時ころの時点で主治医に連絡して指示を仰ぐべきであり、そうしていれば、容態の急変を知った水野医師が原告に連絡をとって人工呼吸器を装着することができたはずであるから、右時点において江島医師が水野医師に連絡しなかったこと自体に過失がある。

(四) 仮に、水野医師が原告に対して人工呼吸器装着について説明していたが、原告が意思を明らかにしていなかったものとしても、人工呼吸器の装着を明白に拒否していなかったのであるから、原告の意思を確認する余裕のない緊急時においては、担当医は自らの判断で人工呼吸器を装着すべき義務があった。しかるに、江島医師らにはこれを怠った過失がある。

2  被告の主張

(一) 原告の主張に対する反論

(1) 原告の主張する血液ガス分析結果についてのPH、PaCO2、PaO2の「標準値」は「チャート臨床検査診断」(〈証拠略〉)の二八一頁表五九―五に依拠したものと思われるが、この数値は健常人の「正常範囲と変動幅」を示すものであり(同書二七九頁)、右の範囲の逸脱は程度によって呼吸ないし循環等の異常を疑う目安にはなるが、これをもって人工呼吸器の適応を直ちに意味するものではない。また、〈証拠略〉のmedicana vol.31 no.11 一九九四年増刷号「これだけは知っておきたい検査のポイント」二〇七頁は、標準値についてPH七・四〇±〇・〇五、PaCO2四〇±五mmHg、PaO2八〇~一〇〇mmHgという数値を挙げているが、これも異常値を示す疾患を疑うための基準参考値に過ぎず、人工呼吸器の適応の基準を示したものではない。

以上のように、PH、PaCO2、PaO2の標準値とされるものは健常人について、呼吸、循環器等の異常を判断するための参考値を示すものにすぎないのであって、健常人でも個人差、年齢差により数値は変動するし、まして末期のALS患者の人工呼吸器装着の適応の判断に結びつくものではない。

(2) さらに、ALSの末期患者に人工呼吸器を装着するときには、〈1〉人工呼吸器を取り外すことは積極的に患者の死を招来することから、いったん装着すると取り外すことはできないこと、〈2〉装着には気管切開を要するため、発語、食事の経口摂取が不能となること、〈3〉〈2〉に伴う患者及び家族の負担などを考慮して、装着の時期もギリギリの時点での装着にならざるを得ない。

(3) また、ALSに限らず、呼吸、循環器疾患を有する患者は健常人の血液ガスの参考値をかなり下回った状態で長く生活してきていることが多いため、健常人の参考値を下回っても特段の呼吸困難を訴えないことが少なくない。そのため、ALSの末期における人工呼吸器の適応の判定は、血液ガス分析結果だけでなく、患者の意識状態が重要な判断要素となる。

(4) 以上のとおりであるから、健常人の血液ガスの分析の参考値を基準にして、被告病院医師において、人工呼吸器を装着しなければチエコの生命の危険が差し迫ることを予見して、原告の意思を確認しておくべきであったとする原告の主張は、失当である。

(二) 江島医師による経過観察

(1) 人工呼吸器を装着していないALS患者の呼吸不全の治療は酸素の投与量の調節が極めて重要であり、PaO2が低下したからといって酸素を漫然と投与すれば良いのではなく、投与量が多過ぎれば、二酸化炭素を吐き出す力が弱っているためCO2ナルコーシスを誘発して患者の死を招くおそれもある。

この点、江島医師は血液ガス分析の結果が呼吸不全の悪化を示していると判断したことから、平成五年一〇月二五日午後九時一二分、午後一〇時五四分、午後一一時五〇分の検査結果を踏まえて、酸素の投与量を調節し、経過を観察していたところ、酸素投与量が同じ(毎分〇・五リットル)であった同日午後一〇時五四分及び午後一一時五〇分の検査結果と比較すると、翌二六日午前二時一分のPaO2の数値は八五に上昇して正常値の範囲内に戻り、PaCO2の数値は、二五日午後一〇時五四分及び午後一一時五〇分の時点の数値と比べて変化がなかったことから、チエコは二六日午前二時一分の時点では小康状態を保っているものと判断したものであり、江島医師の右対応は適切であった。

(2) また、江島医師はALSの末期における人工呼吸器の適応を判定するには患者の意識状態が重要な判断要素となることから、看護婦に対してチエコの意識状態の観察を指示していた。

この点、看護婦は午前二時四〇分、午前三時、午前四時三〇分に巡回しているところ、午前四時三〇分については「入眠中だが体交で覚醒する」「声かけにうなずきあり」「吸引するよ→うん 苦しくない?→ううんと返答あり」「R=28 努力呼吸している」「口唇色、爪の色は良」「両上肢、末梢は冷感はあり」という状態であったとの記載が看護記録になされており、それまでの間、チエコの呼吸状態に特段の症状の変化は認められなかった。

その後、看護婦は、午前六時の巡回時に、チエコが下顎呼吸をし、呼名反応、痛覚反応ともに示さなかったことから、江島医師に報告をした。

以上の経緯からすれば、チエコの症状は午前四時三〇分以降に悪化したものと考えられ、症状の悪化は急激で予測不可能なものであったというべきである。

(3) 以上のとおりであるから、〈1〉江島医師は、経過観察を厳重に行い、炭酸ガス昏睡に対する措置を行う必要があったのにこれを怠った、〈2〉午前二時の時点で主治医の水野医師に連絡すべきであったのにこれを怠ったから、江島医師には過失がある、などとする原告の主張は失当である。

(三) さらに、午前六時二七分の検査結果によれば人工呼吸器装着の絶対的適応にあったといえるが、江島医師は病室に駆けつけた午前六時以降、チエコの救急救命措置に手一杯であり、原告の意思確認をしている時間的余裕はなかった。

(四) 原告は、原告の意思を確認する余裕のない緊急時においては、担当医は自らの判断で人工呼吸器を装着すべき義務があったと主張するが、患者あるいは家族の同意がない限り、人工呼吸器を装着することができないのであるから、医師には、いかに緊急時であってもALS患者に対して人工呼吸器を装着する義務はない。

なお、本件において、水野医師が最終的にチエコに対して人工呼吸器を装着したのは、チエコの蘇生ないし延命を目的としたものではなく、原告ら家族がチエコにいわゆる最期の別れを告げることができるようにするためのものであった。このような緊急状態で、患者ないし家族の意思確認をする余裕のない場合には、医師の裁量や一種の事務管理によるもの、あるいは推定的同意があるものとして、患者または家族の同意がなくても、人工呼吸器を装着することは許される。

五  争点4について

1  原告の主張

被告病院医師らの前記過失により、チエコは人工呼吸器の装着を適時に受けることができず、死亡した。

チエコが適時に人工呼吸器の装着を受けていれば、あと四年ないし五年は延命が可能であったのであるから、チエコの本件当時における死亡と、被告病院医師らの右過失との間に因果関係がある。

また、四年ないし五年の延命の可能性を失ったチエコの精神的損害を慰謝するには二〇〇〇万円が相当である。

2  被告の主張

原告の右主張は争う。

第四争点に対する判断

一  本件の経過

前記争いのない事実等に、〈証拠略〉を併せ考えると、以下の事実が認められ、〈証拠略〉のうち、左記認定に反する部分はにわかに信用し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  第一次入院から退院まで

(一) 平成五年二月三日、頭部CT検査等の結果から、チエコはALSとそれに伴う痴呆、パーキンソン症候群及び他の神経疾患であるとの確定診断がされ、そのころ水野医師は原告に対して、右病名及びALSは原因不明であり、根治的治療法がないことを告げた。

なお、原告は、ALSに罹患しているとの告知は受けたが、「痴呆及びパーキンソン症候群を伴う神経疾患であることは告知されなかった」旨主張するが、〈証拠略〉添付の経過説明書によれば、水野医師は、遅くとも同年四月一五日までに、原告に対して、右事実を告げていたことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

また、チエコは、三〇点満点で二〇点以下が痴呆と診断される「長谷川式スケール」で九点ないし一四点であり、ヴェクスラー成人知能検査で五五点であり、療養指導に関する説明についての理解力はゼロに近いと判断されたため、水野医師は、原告に対して医療行為を説明し、承諾を求めた。

(二) 水野医師は、同年三月一二日ころ、チエコから「おかずを切ることができないので、食べられない」旨訴えがあったことを受けて、副食を「きざみ食」とすることに決め、看護婦から原告に対してその旨報告した。

第一次入院中、原告は、チエコに投与される薬剤の効果や副作用について水野医師に質問をするなど、チエコの看護に熱心な様子が見られた。また、原告は同月一五日に放映されたNHK「プライム10」のALS患者についての特集番組を視聴した。

(三) 同年四月三〇日、チエコは被告病院神経内科を退院した。

退院に際して、水野医師及び看護婦から原告に対して、自宅での食事の注意点や投薬についての説明が行われた。

2  退院から第二次入院まで

退院後、チエコは被告病院神経内科へ外来通院を続けていたが、平成五年九月ころからおかゆのご飯粒にむせるようになった。同年一〇月初めにはチエコは自力で座位から立つことができなくなり、トイレにも支えられて行くようになった。同月一二日には嚥下困難のため、同科外来にて胃管を挿入した。

胃管の挿入後より、チエコの喀痰が増加し、原告の手では吸引が困難となったことから、原告は自宅療養は困難であると考えるに至り、水野医師に相談の上、同月二三日、チエコを被告病院神経内科に救急車にて再入院させた。このとき、チエコが救急車で入院したのは、チエコの症状を心配した水野医師の指示によるものであった。

第二次入院の際、原告は、看護婦に対し、同月一九日から声を掛けてもチエコが閉眼のまま覚醒しないことが時々あったこと、また、同月二二日午後八時三〇分ころにもチエコに声を掛けても覚醒しなかったことなど、チエコの意識状態の低下を訴えるとともに、原告の手では喀痰吸引が困難であったことなどを訴えた。

3  第二次入院以降

(一) 原告は、第二次入院時よりチエコに付き添っていたが、同月二五日午後四時三〇分ころ帰宅した(以下、特に記載のない場合は平成五年一〇月のことである。)。

(二) 病状の経過

(1) 入院直後の二三日午後四時三〇分に水野医師が診察したところ、チエコの症状は次のとおりであった。

再入院時の意識レベルは覚醒していて清明であり、嚥下障害の増悪と歩行障害の進行が見られたが、呼吸困難の訴えはなかった。心臓に異常所見はなく、両上肺野に軽度の湿性ラ音が聴取されたものの、呼吸は腹胸式呼吸で規則正しいものであり、特に著明な症状は見られなかった。胸部X線では右下肺野がやや不明瞭であったが、脱水の傾向があり、水分補給後は肺炎像が出現する可能性があると認められた。なお、入院直後には頻脈傾向が見られたが、二三日午後六時三三分の診察時には頻脈は認められなかったことから、右頻脈傾向は救急車で入院したために起こったものと判断された。

同日午後三時五四分ころに行われた血液ガス分析の結果は、PH七・四三五、PaCO2三五・五mmHg、PaO2六二mmHg、白血球一一三〇〇、血沈九三/一一〇であった。

以上から、水野医師は胃管の挿入が刺激となって、痰の喀出が困難となった上、感染が加わったものと判断し、抗生物質であるペントシリン一グラムを二回投与した。

(2) 二三日午後六時ころ、血液ガス分析を行ったが、機器の故障のため測定できなかった。

その後、水野医師はチエコの呼吸状態が悪化傾向にあると判断し、午後六時四〇分ころ、鼻カニューラを介して毎分一リットルの酸素ガス投与を開始した。

(3) 二四日午後二時三七分ころ、血液ガス分析を行ったところ、結果はPH七・四一一、PaCO2三九・七mmHg、PaO2五一・七mmHgであった。

二四日にはチエコの意識状態は清明かつ協力的で、意識混濁は認められなかったし、喀痰の増加は認められたものの、呼吸困難はなく、上肺部の湿性ラ音の雑音もほとんど認められなくなった。

水野医師は、翌二五日は出張であったため、二五日の担当医に対して、チエコに関し、ALSの患者が脱水症状及び嚥下性肺炎を思わせる症状で緊急入院しており、呼吸状態を観察して欲しい旨の引継ぎメモを残し、また、看護婦に対しても同様の指示をした。

また、喀痰の増加は胃管が原因と見られたことから、同日、水野医師は原告に対して胃瘻(経口摂取が不可能な場合、胃に開口部を造設して直接胃内に栄養物を送り込む方法のこと)の形成を勧め、原告の承諾を得て担当医師に連絡したものの、同医師が出張中であったので、二六日に改めて連絡することになった。

このころ、原告は水野医師に対して、同室者(チエコが入室していたのはリカバリールームであり、人工呼吸器を装着している患者がいたことが認められる。)の医療機器(人工呼吸器)の音がうるさくてチエコが眠れない旨訴えて、個室への転室を依頼した。

その後、午後八時三八分ころ、チエコは酸素ガス投与(毎分一リットル)をされていたが、右時点での血液ガス分析の結果はPH七・四〇二、PaCO2三八・〇mmHg、PaO2七一・八mmHgであった。

(4) 二五日午前二時ころ、原告から再度、チエコがうるさくて眠れないので、個室に移してほしい旨要請があった。

同日午前九時三〇分ころ、チエコの胸部X線検査が実施され、右下肺は肺炎に近いと認められた。

二五日は喀痰の量が多く、吸引を頻回に行っていたため、夜間の他の患者への影響も考慮し、同日午前一〇時三〇分ころ、チエコは個室に移った。

同日午前一〇時三〇分と午後二時三〇分の看護婦の巡回時には、右下肺部にラ音が少し認められた。

なお、水野医師は同日午後零時三〇分ころ、出張先から被告病院に電話して、チエコの病状に変化がないか尋ねている。

(5) 当直の江島医師は、二五日午後五時ころ、ナースセンターで、準夜帯の看護婦から入院患者に異常がないとの報告を受けるとともに、主治医から当直医への申し送り事項を記載したメモを入れたクリアケースの中を確認し、二三日にALSの小原チエコという患者が呼吸状態が悪く緊急入院していること、入院後は小康状態を保っているが、状態を観察する必要があるという水野医師からの引継ぎ事項を確認した。

(6) その後、江島医師が、同日午後八時ころからの回診の際に診察したとき、チエコは鼻から鼻カニューラを介して酸素ガス投与(毎分一リットル)をされており、呼吸状態はやや喘ぎ様の下顎様呼吸(努力呼吸)で、呼吸は浅く、呼吸音はやや弱かったが、明らかな異常音はなかった(なお、〈証拠略〉には「下顎呼吸」とあるが、江島医師はここでは「努力呼吸」の意味で使用したものと認められる。「下顎呼吸」とは呼吸困難時に見られる補助呼吸筋を使う呼吸のことであり、下顎を使って、できるだけ多くの空気を吸おうとする呼吸のことをいうものである。)。

江島医師は、看護婦からチエコの意識状態が低下しており、炭酸ガスがたまっているのではないかと報告を受けたことから、同日午後九時ころ、血液ガス分析を行った。その際、チエコは閉眼しており、同医師の呼びかけに対し、言葉による反応は見られなかったが、「手を握って」との呼びかけに対して握るという反応をした。

同日午後九時一二分の血液ガス分析結果は、PH七・三五一、PaCO2五五・三mmHg、PaO2九一・七mmHgであった。この結果を見て、江島医師はカルテに「Resp acidosis(呼吸性アシドーシス)」との記載をした(呼吸性アシドーシスとはPaCO2が上昇して、PHが低下するような状態のことである)。

なお、水野医師は、同日午後八時二〇分ころ、出張から病院に戻り、午後九時ころにチエコの診察を行った。このとき、チエコから呼吸苦の訴えはなく、心音・肺音ともに異常がなく意識も清明であったので、水野医師は帰宅した。

(7) 同日午後九時ころ、江島医師は、看護婦から午後四時以降チエコに自排尿が見られない旨報告を受けて、導尿を行ったところ、五五〇ミリリットルの流出が認められた。

この結果、江島医師は、チエコに自排尿がない原因は、脱水や低酸素症、心不全、腎不全などの腎前性、腎性によるものである可能性はないと判断した。

(8) 同日午後一〇時三〇分ころ、江島医師が再度診察して血液ガス分析を実施したところ、結果はPH七・三〇二、PaCO2六五・三mmHg、PaO2六五・六mmHgであった(午後一〇時五四分の血液ガス分析結果)。このときの酸素投与量は一分あたり一リットルで、健常人の呼吸数は毎分二四回程度であるところ、チエコは毎分二八回でやや頻回であったが、「苦しくない」と尋ねたのに対してうなずく反応をした。

(9) 同日午後一一時一〇分ころ、江島医師は、チエコが炭酸ガス蓄積傾向にあると判断し、酸素投与量を毎分〇・五リットルに下げた。

この対応は、血中酸素濃度が低いと、呼吸回数が増加して、二酸化炭素が排出されやすくなるのに対し、酸素濃度が高いと呼吸回数が減少して換気が悪くなり、かえって炭酸ガス昏睡を引き起こす危険があるとの判断に基づくものであった。

このころのチエコの意識状態は、吸引すると覚醒し、「苦しくない」との問いに対してうなずく反応が見られるというものであった。

(10) 同日午後一一時四五分ころ、江島医師が再度、血液ガス検査を実施したところ、PH七・二九三、PaCO2六三・五mmHg、PaO2六二・六mmHgであった(午後一一時五〇分の血液ガス分析結果)。なお、このときの酸素投与量は一分あたり〇・五リットルであった。

(11) 翌二六日午前零時ころ、チエコが尿意を訴えたため、ポータブルトイレに移動させて排尿を試みさせたが、自排尿はなかった。この間、チエコは約二〇分間座位を保つことができ、また看護婦の声かけに対して「うん、うん」とスムーズに反応した。このころ、脈拍数は毎分一一八回であった。

(12) 同日午前零時四〇分ころ、チエコに下顎様呼吸が認められたが、呼吸数は毎分二四回、脈拍は毎分九八回であり、看護婦の声かけに覚醒し、呼名に反応する状態であった。

このころ、今後導尿を繰り返す可能性があること、膀胱に尿が多量に充満すると呼吸しづらくなること、全身を管理しやすくなることを考慮して、フォーレを挿入し留置した。

(13) 同日午前一時ころ、江島医師は、午前零時一〇分ころの脈拍数からチエコは頻脈傾向にあると判断し、酸素投与量を毎分一リットルに増量した。また、同医師は、血液ガス分析の結果の悪化及び二五日実施の胸部X線写真から、ALSの進行による呼吸筋麻痺の進行や喀痰の排出が不十分であることだけでなく、誤嚥による肺炎が憎悪した可能性もあると判断して、看護婦に対して抗生剤(ダラシンP、チエナム)の点滴を指示し、点滴を行った。

同日午前一時三〇分ころ、江島医師は血液ガス分析を行った。このときの結果はPH七・三〇一、PaCO2六五・一mmHg、PaO2九一・一mmHgであったことから、酸素投与量を毎分〇・五リットルに下げた。

(14) 江島医師は、同日午前二時ころ、再度、血液ガス分析を行ったが、結果はPH七・二八七、PaCO2六六・二mmHg、PaO2八五・〇mmHgであった(午前二時一分の検査結果)。このときのチエコの意識状態、呼吸状態にはともに大きな変化はなく、PaO2はやや低下したものの、それは酸素投与量を下げた結果と見られたので、江島医師はチエコは小康状態を得たものと判断した。

(15) 同日午前二時四〇分ころ、江島医師が、午前一時に投与した抗生剤の皮内テストのために針を刺し入れたときには、チエコは眠っており反応がなかったが、耳元で声をかけると開眼し、「苦しい」「苦しくない」との問いに対して「ううん」「うん」と返答した。

このとき、チエコの呼吸は下顎様であり、呼吸数は毎分二六回、左下肺の呼吸音は弱いものの、上肺の呼吸音は良好であった。また、皮内テストの結果は陰性であった。

以上のことから、江島医師はチエコの呼吸、意識状態には二五日午後一〇時ころから増悪が認められず、改善したものと判断し、看護婦に対してチエコの状態、特に呼吸状態(呼吸数、呼吸の深さ、リズムなど)、意識レベル、脈拍を引き続き観察するとともに、喀痰の吸引を行うよう指示し、また、チエコの症状に変化があればすぐに自分に連絡するよう指示して、自らは当直室で待機することとした。

(16) 同日午前三時ころに看護婦が巡回したときには、チエコは入眠中で、血圧は一一五/七五、脈拍は毎分一〇四であった。

(17) 同日午前四時三〇分ころの巡回時にはチエコは入眠中であったが、体位交換で覚醒し、声かけに対してうなずき、「吸引するよ」、「苦しくない」といった問いに対して「うん」との返答があった。このとき、チエコの体温は三六・九度、血圧一四五/八八、脈拍毎分一一三回、呼吸数は毎分二八回で努力呼吸をしており、口唇色、爪の色は良かったが、両上肢及び末梢には冷感があった。

(18) 同日午前六時ころ、看護婦がチエコが下顎呼吸をし、呼名反応も、痛覚反応もないことから、当直室にいた江島医師に報告した。このときの体温は三八・三度、血圧一六八/九五、脈拍毎分一一八回、呼吸数毎分二六回で、左下肺の呼吸音を聴取することはできず、他の部分も雑音はなかったものの、呼吸音は弱かった。

当直室にいた江島医師は報告を受けて、病室に行き、アンビューバック(マスクを患者の口にあて、ゴムのバックを手で押し、補助呼吸をするもの)により、マスクベンチレーションをし、血圧の測定、血液ガス分析をするとともに、看護婦に対し、水野医師にすぐに連絡するよう指示した。

午前六時二七分の血液ガス分析の結果はPH六・九三八、PaCO2一七〇・五mmHg、PaO2五三・〇mmHgであった。

(19) 水野医師は、同日午前六時二〇分ころ自宅にいたところに連絡を受け、午前六時三〇分から三五分の間に病室に到着した。そのときチエコの意識状態は三〇〇Iで痛覚反応もなく、下顎呼吸をしていた。

同医師は直ちに気管内挿管をしたが、その後はチエコに自発呼吸がなくなり、血圧測定はできず、頸動脈も触知できない状態になった。アンビューバックによりマスクベンチレーションを施行し、エホチール、ノルアドレナリン、テラプチク、メイロン、ボスミン、イノバン、ドプラム等の昇圧剤、強心剤等を投与したが反応がなかった。

午前六時五〇分ころ、他の入院患者らが起床する午前七時になると看護婦のうち一名は他の入院患者らに対する措置を行う必要があり、人手が足りなくなることから、アンビューバックを中止し、代わりに人工呼吸器を装着して、心マッサージを開始したが、午前八時三分にチエコは死亡した。

二  人工呼吸器装着義務違反(争点1)について

1  前記争いのない事実等に、〈証拠略〉を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) ALSとは、骨格筋、舌・咽頭筋、顔面筋の萎縮と筋力低下及び構語障害、嚥下障害を主要症状とし、やがては呼吸筋も麻痺するに至り、呼吸不全により死亡する神経疾患である。この疾患には知覚障害、眼球運動の異常及び膀胱直腸障害が見られないことが特徴であるとされる。

ALSは、その原因が不明であることから、根治的治療法は現在のところ判明しておらず、対症療法しかない。気管切開をして人工呼吸器を装着することが唯一の延命方法とされるが、気管切開を行うと、発語及び食事の経口摂取が不可能になる。

(二) 構語障害、気管切開等により、言語が不明瞭ないし発語不能になったALS患者と家族らの意思疎通手段としては、筆談、五〇音を記載した文字板を追う眼球の動きにより、家族らが患者の言葉を読みとるといった方法や特殊なコミュニケーション機器を使用した方法、開閉眼や顔のしわ寄せによるイエス、ノーの表現等がとられているが、症状が進行すると、意思疎通を図ることが容易ではなくなってくる。

また、患者の症状が進行すると、生活の全ての場面において全面的な介護を必要とすることになり、介護に要する家族らの人的負担、経済的負担は少なくない。

さらに、ALS患者は、早晩死に至ることが確実とされ、快方に向かう見込みがないことから、闘病中における患者及び家族の精神的負担の重さは経験した者にしか分からないほど深刻なものであるとされている。

(三) 前記のとおり、ALSは、早晩、呼吸筋が麻痺して呼吸不全に至ることが確実であるとされる難病であり、延命を図ろうするならば人工呼吸器を装着する以外に方法はないとされている。

しかし、人工呼吸器を装着すると、発語及び食事の経口摂取ができなくなること、装着した場合であっても、延命を期待し得るのは数年間に過ぎないことも少なくないこと、ALS自体が回復する見込みはない上、意思疎通を十分に図ることが容易でない闘病生活が患者の人格にも影響を及ぼすこと、闘病中の患者の肉体的・精神的負担、家族らの経済的・肉体的・精神的負担は計り知れないものであること、更には、我が国ではいったん人工呼吸器を装着した後これを取り外すことは家族らがどんなに希望した場合であっても許されないとされていることなど、人工呼吸器の装着に伴って様々な問題が生じることは避けられない。

これらの問題をどのように受け止めるかは、各患者、各家族のそれぞれの死生観、人生観等によって異なるであろうが、医師の立場としては、呼吸不全に陥ったALS患者に対する人工呼吸器の装着には上記のような問題を伴うことを考慮せざるを得ないことは否定できないところである。

(四) 実際、日本ALS協会に入会している患者について行われたアンケートの結果によれば、死亡したALS患者のうち、人工呼吸器を装着していた者の割合は約三八パーセントにとどまることが認められる(〈証拠略〉)。

また、水野医師の経験した約三〇例のALS患者のうち、人工呼吸器を装着したのは七例に過ぎず、しかも本人が同意したのは一例のみで、残りは患者が呼吸困難に陥った様子を見かねた家族らの要請で装着したものであったこと(〈証拠略〉)、江島医師の経験したALS患者及び筋ジストロフィー症患者ら約一〇例のうち一例では本人が人工呼吸器の装着に同意したものの、三人は拒否し、残りは「その場では決められないので、待って欲しい」旨の回答であったことが認められる(〈証拠略〉)。

佐々木鑑定も、患者本人ないし家族の同意がなければ、ALS患者に延命のための人工呼吸器を装着すべきでないことを前提としている。

2  以上の点にかんがみると、医師が、患者あるいは家族の同意のないまま、自己の判断のみで呼吸不全に陥った、あるいは呼吸不全に瀕したALS患者に対して人工呼吸器を装着することには少なからぬ問題があるというべきであるが、加えて、チエコのように痴呆の症状を伴うALS患者に人工呼吸器を装着することは更に慎重であるべきである。

すなわち、痴呆の症状を伴うALS患者は人工呼吸器装着の適応ではないとすることは、海外の医学界でも有力な意見とされているようであり(〈証拠略〉)、佐々木鑑定も、「人工呼吸器を装着しなければ、即刻、死に至るが、他方、もし人工呼吸器を装着した場合、今後さらに四肢の筋力低下、筋萎縮および痴呆が進行し、外界とのコミュニケーションは不可能になり、最終的には(おそらく近い将来)いわゆる植物状態あるいは生ける屍となって長期生存する可能性があること、それに伴い介護する家族の肉体的、精神的及び経済的負担は極めて大きい」こと、「一旦、人工呼吸器を装着した場合、日本の現医療体制では、いかなる状況下でも人工呼吸器の任意抜管は容認されない」こと、痴呆を伴う症例では「さらなる痴呆の進行が、わずかながらも残されていた(まばたき等による)外界とのコミュニケーションの可能性を完全に排除し、患者の惨状を一段と悪化させるおそれもある。それに伴い介護する家族の肉体的、精神的及び経済的負担は言語に絶するものがあり、現在の世界の医学界のコンセンサスとして、本症例は原則的に人工呼吸器装着の適応外である」ことから、「医学的見地からは、本症例のような痴呆を伴う筋萎縮性側索硬化症では原則的に人工呼吸器装着は適応外であ」り、「同意を得ないままでは積極的に人工呼吸器を装着すべきでない。」としている。

3  以上によれば、医師が、チエコのように痴呆の症状を伴うALS患者に対して人工呼吸器を装着することが許されるのは、患者あるいは家族の同意を得た場合のみであるというべきであり、人工呼吸器装着に関するチエコ又は原告の意思が明らかでなかった本件においては、被告病院医師らは人工呼吸器を装着すべき義務を負うとはいえない。

三  説明義務及び意思確認義務違反(争点2)について

1(一)  原告は、仮に、医師がALS患者に対して人工呼吸器を装着することが許されるのが患者あるいは家族の同意がある場合に限られるとするならば、被告病院の医師らには、チエコあるいは原告に対して、延命のためには、人工呼吸器の装着を要するに至ること、及び装着した場合のその後の経過について説明をする義務があるところ、本件では水野医師は原告に対して、この点について一切説明をしなかった旨主張するので、この点について検討する。

(二)  ところで、ALSは、呼吸筋が麻痺して呼吸不全に至ることが確実であるとされる難病であり、延命を図ろうとするならば、人工呼吸器を装着する以外に方法はないこと、他方、人工呼吸器を装着すれば、それに伴って、発語や食事の経口摂取ができなくなるばかりでなく、患者及びその家族に計り知れない負担が生ずることは前示のとおりであるから、人工呼吸器を装着して延命を図るか否かは、患者又はその家族が自己の死生観、人生観等に照らして自ら決めるべきことがらであるというべきである。そして医師としては、患者がALSであるとの診断がついた場合には、適切な時点で、家族に対し、又は患者に対して病名を告知しており、患者が自らの病気について理解し得る状態である場合には患者に対しても、人工呼吸器の装着の諾否を判断するに最低限必要な事実、すなわち〈1〉ALSは、原因不明の疾患であり治療法がないこと、〈2〉呼吸筋についても筋萎縮が進行し呼吸不全に至り、延命を希望するのであれば、人工呼吸器の装着を要すること、〈3〉仮に人工呼吸器を装着すると、気管切開を要することから、発語や食事の経口摂取が不能となり、ベッドに寝たきりになり、また、意思伝達手段としては文字板や機械によることになるばかりでなく、患者及びその家族には大きな精神的・肉体的・経済的負担が生ずること、〈4〉予後としては、被告病院神経内科での平均余命は約四年で、全国平均でも発症後三、四年以内に呼吸不全で死亡していることなどを説明し、装着についての意思を確認する義務があると解すべきである。

この点、平成六年に出版された「脳と神経」VOL46 NO5四〇九頁以下(〈証拠略〉)には、パターナリズムの極めて強い社会文化的生活環境にある我が国においては、医師の考え方が一般の人々の考えを形づくる傾向にあるものの、平成三年ころからは、いわゆるインフォームドコンセントや自己決定権など、患者が自分の病気について知って対応することへの一般的理解が広がってきていた旨の指摘があり、このことからすると、本件当時には、患者が自分の病気について知って対応するという意識が一般の人々の間にも相当程度広まってきていたことが認められる。

右の事実に照らすと、チエコが被告病院に入院した平成五年当時においても、医師は、ALS患者又は家族に対し、人工呼吸器の装着について前記のような説明及び意思確認をする義務を負っていたものと認められる。

2  そこで、次に、本件において水野医師からチエコあるいは原告に対して、人工呼吸器装着についての説明及び意思確認がされていたかについて検討する。

(一) 前記認定事実、及び〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 水野医師は、平成五年二月三日ころ、原告に対し、チエコの病名を告知した際、ALSは原因不明の疾患であり治療法がないこと、呼吸筋についても筋萎縮が進行し呼吸不全に至り死亡すること、延命のためには人工呼吸器の装着を要するに至ること、仮に装着すると、気管切開を要することから発語、食事の経口摂取が不能となり、ベッドに寝たきりになること、意思伝達手段としては文字板や機械によることになること、被告病院神経内科でのALS患者の平均余命は約四年で、全国平均でも発症後三~四年以内に呼吸不全で死亡していることを告げた。

(2) 水野医師は、同年三月一〇日ころ、原告に対してNHKでALS患者の特集番組が放映されるので見るよう勧め、その際、延命するためには人工呼吸器の装着が必要となるに至ることについて説明した。

(3) 水野医師は、同年三月一二日ころ、原告に対して、病名、予後、延命するためには人工呼吸器を装着する必要が生じるに至ることを説明し、装着に同意するかについての意思確認をした。また、その際、同席した看護婦から原告に対して、薬剤を看護婦管理に変更すること、及び「きざみ食」に変更することについての説明があった。

(4) 水野医師は、チエコの第一次退院時に、原告に対して人工呼吸器装着について検討するよう促した。

(5) 時期は不明であるが、水野医師は、原告に人工呼吸器を装着している他のALS患者の様子を見てもらった際に、装着の諾否について回答を促した。

(6) 水野医師は、第二次入院後にも原告に対して装着についての回答を促した。

(二) 原告は、予後(病気の進行経過)、特に人工呼吸器装着を要するに至ることについて水野医師から一切説明がなかったとし、チエコのカルテに人工呼吸器装着についての記載がないのは、水野医師が原告に対して、こうした説明をしていないことの表れである旨主張し、原告も本人尋問において、これに沿う供述をする。

これに対して、被告は、約一〇回にわたって説明を行った旨主張し、また、水野医師は、約一〇回にわたり、原告に対して予後について説明をし、人工呼吸器装着をするかどうするかについても数回にわたり原告の意思を問うたが回答は得られなかった旨被告の主張に沿う供述をし、「人工呼吸器の装着について」と題する陳述書(〈証拠略〉)にも同様の記載をしている。さらに、カルテに人工呼吸器装着に関しての記載がないことについて、水野医師は、

(1) ALS患者を扱う神経内科の医師が、人工呼吸器の装着について説明しないことはあり得ない。

(2) ALS患者について、人工呼吸器を装着することについての同意がされたとき、逆に装着しない旨の確答がされたときはカルテにその旨明記するが、装着するかしないか回答がはっきりしないときはカルテに記載しない扱いをするように教わってきた。それが臨床実務である。

(3) チエコについては、原告に対し説明をし、同意するか否かについて回答を求めたが、原告が意思を明らかにしていなかったから、カルテに何も記載しなかった。チエコ本人に対してもどの程度理解できるかどうか分からなかったが、一応簡単なことは説明した。

(4) 陳述書に記載した事実は自分の記憶のみに基づくものであるが、原告に対して、チエコは最終的には呼吸器が麻痺して亡くなる、延命を望むなら人工呼吸器を使う必要がある、ということを説明した際に、それまでのALS患者の家族とは違う反応だったため、理解してくれているかどうか違和感を持ったので、記憶に残っている。

旨証言する。また、江島医師も、

(1) 通常、早晩呼吸不全に至り、人工呼吸器を装着しなければ延命は図れなくなるとの説明は、ALSの症状から当然に行われるべきことであるから、予後について説明しないことは考えられない。

(2) 自分の場合、明確に患者が装着を拒否している場合には、どういう説明をして、どういう答えがあったかについて記載するとともに、本人から装着しないでほしいとの希望がある旨を記入する。

(3) どこの神経内科でもそうだと思うが、ALSの患者で嚥下障害が出てくるほど症状が進行した患者に対して、人工呼吸器装着について説明していないことはあり得ないと思う。普通は、最初に診断したときからそういうことは説明し始める。

(4) カルテに人工呼吸器装着の諾否について記載がないのは、患者・家族の回答を得られていないためだと了解した。

旨証言し、カルテへの記載の要否について、水野医師と同様の証言をする。

(三) そこで、人工呼吸器装着についての説明及び意思確認の点について検討するに、水野医師の証言によれば、原告は、人工呼吸器の装着を要するに至ることについて説明を受けた際にも、水野医師に対して一切質問をすることがなく、人工呼吸器装着についての回答も「ええ、まあ」「自分だけでは判断できない」といったものであったとされ、チエコの看病に熱心で、薬の副作用についても質問をしていた原告が、水野医師に対し、人工呼吸器装着については何ら質問をしていない点、また、チエコの生存を願う原告が人工呼吸器装着以外に延命の途はないとの説明を受けたにもかかわらず、人工呼吸器装着について同意していなかった点に不自然さを感じないでもない。

しかしながら、原告の長男は昭和六一年一一月に三一歳の若さで急性骨髄性白血病のため亡くなっていることが認められるところ(〈証拠略〉)、その後六年余り経過した平成五年二月に、妻まで不治の病にかかっていると告知されたときに原告が受けた衝撃の大きさは察するにあまりあるものであり、そのような状況におかれた原告が事実を受容し、医師に対し、更に詳しく説明を求めるなど通常であればとったであろうと思われる行動をとることができなかったとしても、必ずしも不合理であるとは断定できない。また、人工呼吸器の装着には前記のような様々な問題を伴い、即断しかねる家族も少なくないと考えられることからすると、原告も装着に同意すべきかどうかためらい、あるいは人工呼吸器装着の問題について思考を拒否するような心理状態になったであろうことは推測に難くない。

したがって、被告の主張する原告の態度が、原告の置かれた立場に照らして不合理なものであるということはできない。

(四) 一方、被告の主張する、原告に対する説明の回数、時期及び内容は、すべて水野医師の記憶のみに基づくものである旨同医師は証言しており、何ら書面等の記録に基づくところがないこと、チエコの死から証言まで長期間経過していることを併せ考えると、同医師の「人工呼吸器の装着について」と題する陳述書(〈証拠略〉)記載のとおりの説明がすべてなされ、原告の対応が同医師の証言のとおりであったとは、にわかに信用し難い。

しかしながら、原告はチエコの病名がALSである旨告知されていたことについては当事者間に争いがなく、また、退院時にチエコの退院後の食事について指導を受けたことは原告も尋問において認めているところであること、前記認定事実、特に前記二で述べたALSの病状の経過の特殊性と証拠(〈証拠略〉)を併せ考えると、水野医師が原告に対してチエコの予後について全く説明していなかったとは考え難い。

(五) また、水野及び江島両医師の証言によれば、人工呼吸器装着について同意・不同意が明らかにされていないときはカルテに記載しないということが当時の被告病院における臨床実務であったとされるが、前示のとおり、被告病院医師らがチエコに対して人工呼吸器を装着することが許されるのは、チエコ又は原告の同意を得た場合のみであったと認められるところ、被告病院医師らにとっては同意の有無のみが、人工呼吸器装着の判断の上で重要であり、同意についての回答が未了であることや同意の前提として行った説明の回数・内容などは装着義務の有無についての判断要素ではないから、右運用は必ずしも不合理なものとはいえず、本件当時、被告病院においては、そのような運用をしていたものと認められる。

したがって、カルテに人工呼吸器装着につき説明をしたことに関する記載がないことは前記2(一)の認定の妨げとはならない。

3  以上によれば、水野医師は、原告に対し、人工呼吸器装着について説明を行い、装着の諾否についての回答を求めていたものと認められる。

四  チエコの生命の危険が差し迫った時期における被告病院の医師らの所為に過失があるか(争点3)について

1  原告は、仮に、水野医師が、原告に対して人工呼吸器装着についての意思を明らかにするよう求めたが、原告が明確な回答をしていなかったものとしても、被告病院の医師らにはチエコの生命の危険が迫った時点で、原告に対し、意思を確認すべき義務があった旨主張するので、この点について検討する。

2  患者ないし家族が、医師に対して、事前に人工呼吸器装着についての諾否を明らかにしていない場合には、医師は、患者に生命の危機が迫った時点で、時間的余裕がないときを除き、家族らに対して意思を確認する義務を負うと解される。

3  そこで、次に、本件においてチエコの生命の危機が迫った時点はいつか、また、その時点において原告に意思を確認する時間的余裕があったかについて検討する。

(一) 二六日午前二時一分の血液ガス分析の結果はPH七・二八七、PaCO2六六・二mmHg、PaO2八五・〇mmHgであったことは前示のとおりであるところ、「血液ガス検査でPaCO2が七〇TORRを越え、PH七・三以下になれば人工呼吸器で管理される」とする〈証拠略〉の基準によっても、右数値から見て、右時点において明らかに人工呼吸器の装着を要する状態であったと判断することはできない。

また、〈証拠略〉によれば、同日午前二時四〇分ころの皮内テストの際には、チエコは針を刺し入れた際には反応がなかったものの、耳元で声を掛けると開眼するという反応が見られたことが認められる。

以上の事実に照らすと、同日午前二時一分あるいは午前二時四〇分ころの時点では、いまだチエコの生命の危険が差し迫っていたとは認められない。

(二) 次に、同日午前六時二七分の段階について検討する。

この時点では、血液ガス分析の結果がPH六・九三八、PaCO2一七〇・五mmHg、PaO2五三・〇mmHgであり、下顎呼吸をし、呼名反応、痛覚反応ともにない状態で、いわゆるCO2ナルコーシスの状態になっていたことが認められ(〈証拠略〉)、この時点では人工呼吸器装着を即刻装着しなければ、死に至る危篤状態であったことが認められる(〈証拠略〉)。

しかしながら、右時点においては、被告病院の医師らは救急処置に追われ、原告の意思を確認する時間的余裕はなかったものと認められる(〈証拠略〉)。

(三) したがって、チエコの呼吸状態は、同日午前二時四〇分から午前六時二七分の間に悪化したことが推測される。そこで、江島医師が、同日午前二時一分の時点の検査結果その他のチエコの容態から、その後同日午前六時までの間にチエコの呼吸状態が人工呼吸器装着を要するほどに悪化することを予見し、あらかじめ原告の意思を確認することは可能であったかが問題となる。

(1) この点、原告は、二五日午後九時一三分から二六日午前二時一分までの血液ガス分析の結果から見れば、いずれの数値も標準値から大きく外れており、特にPaCO2の数値は悪化の一途をたどっていることからすれば、チエコが人工呼吸器を装着しなければ延命を期待し難い状態に至ること、すなわち生命の危険が差し迫ることを予見し、原告の意思を確認しておくべきであったし、そのための時間的余裕もあった旨主張する。

ここで、原告が主張する標準値は、〈証拠略〉の「チャート臨床検査診断」の二八一頁表五九―五に依拠するものと認められる。

(2) たしかに〈証拠略〉は「血液検査でPaCO2が七〇TORRを越え、PH七・三以下になれば人工呼吸器で管理される」としているところ、二六日午前二時一分の血液ガス分析の結果のうち、PHは七・二八七であって、わずかに右数値を下回っており、PaCO2も六六・二mmHgであって、右数値に近いものとなっている。

また、「炭酸ガス濃度が上昇し始めると死期は近い」等とする文献(〈証拠略〉)があるところ、チエコの血液ガス分析の結果を見るとPaCO2の数値は二四日午後八時三八分から継続して上昇傾向を示していることが認められる。

(3) しかしながら、前記一3に認定した事実によれば、チエコのPaCO2の数値は二四日午後八時三八分には三八・〇mmHgであったのが、二五日午後九時一二分には五五・三三mmHg、午後一〇時五四分には六五・三mmHgと大幅な上昇を続けていたが、その後、午後一一時五〇分には六三・五mmHg、二六日午前一時三〇分には六五・一mmHg、午前二時一分には六六・二mmHgと頭打ちの状態になっていたこと、PaO2の数値は二五日午後一〇時五四分には六五・六mmHg、午後一一時五〇分には六二・六mmHgと正常値よりも低い値となっていたが、二六日午前一時三〇分には九一・一mmHg、午前二時一分には八五・〇mmHgと正常値に戻っていたことが認められる。また、〈証拠略〉によれば、O2が五〇パーセント以下になると呼吸不全であるという判断基準があり、それから見るとチエコの呼吸状態が悪化していることは認められるものの、午前二時ころの時点ではいまだ呼吸不全の状態にはなかったこと、また、水野医師の経験では、PaCO2とPaO2の数値が逆転しても一日持った患者や、三週間外来で通った患者もいたことが認められる。

さらに、二六日午前零時ころ、チエコはポータブルトイレに移動して約二〇分間座位を保つことができる状態であったこと、同日午前二時四〇分までチエコは問いに対して「うん」「ううん」などと反応していたことが認められることに照らすと、午前二時一分の検査結果に基づき、江島医師がチエコは小康状態にあると判断した点に不合理な点は認められない。

(4) また、原告は、チエコの血液ガス分析の結果について、標準値から大きく外れていたことを指摘するが、〈証拠略〉によれば、ALS患者は呼吸筋の麻痺が徐々に進行するため、PO2やPCO2の数値が健常者の標準値と比べてかなり悪化していても自発呼吸を維持することができることがうかがわれ、原告が指摘する標準値をもって、ALS患者に対する人工呼吸器装着についての直接的な判断基準とされているとは認められない。また、その他の証拠によっても、ALS患者に対する人工呼吸器装着の要否を判断するに当たっての血液ガス分析の数値の基準は明らかでない。

(5) この他、本件に現れたすべての証拠に照らしても、江島医師が午前二時一分の時点での検査結果から見て、その後、チエコの呼吸状態が悪化し人工呼吸器の適応に至ることを予見し得たと判断するに足る証拠はない。

4  次に、原告は、江島医師がカルテに「呼吸性アシドーシス」、「23:10 CO2蓄積傾向にあるので」、「1:30 血液ガス悪化→呼吸性アシドーシス」との記載を残している(〈証拠略〉)ことからすれば、同医師はチエコの呼吸状態が悪化傾向にあることに気づいていたのであるから、経過観察を厳重に行い、炭酸ガス昏睡に対する措置を行う必要があったのに、これを怠ったためにチエコの症状の急変を見逃して適切な人工呼吸器装着の時期を逸した旨主張するので、検討する。

(一) 〈証拠略〉によれば、第一次入院時には看護婦による夜間の巡回は二回しか行っていなかったと認められるところ、第二次入院時の二五日から二六日にかけては、江島医師が皮内テストを行った午前二時四〇分以降も、同医師の指示により、看護婦が午前三時、午前四時三〇分及び午前六時に巡回していること、チエコは午前二時四〇分に皮内テストのため針を刺された際は反応がなかったものの、声かけで開眼し「苦しい」「苦しくない」との問いに対して「ううん」「うん」と反応したこと、午前三時の巡回時にはチエコは入眠中で、血圧は一一五/七五、脈拍は毎分一〇四回であったこと、午前四時三〇分の巡回時にはチエコは入眠中であったが、体位交換で覚醒し、声かけに対してうなずき、「吸引するよ」、「苦しくない」といった問いに対して「うん」との返答をしていたこと、体温は三六・九度、血圧一四五/八八、脈拍毎分一一三回、呼吸数は毎分二八回で努力呼吸をしており、両上肢及び末梢には冷感があったものの、口唇色、爪の色は良かったこと、一般に呼吸状態が悪くなると、意識障害が出たり、患者の色が悪くなってくることが認められることからすると、午前四時三〇分ころまではチエコに特段の異常がなかったことがうかがわれる。

また、〈証拠略〉によれば、血液ガス分析は、動脈に針を刺す必要がある上、三分から五分間動脈を押さえている必要があり、しかも動脈に血栓ができやすくなるという患者に対する侵襲の大きい検査であるので、原則としては一時間に一回ないし三〇分に一回というように頻回に行うことはできないことが認められる。

(二) 右事実によれば、チエコの症状は午前四時三〇分以降急激に悪化したことがうかがわれるところ、午前二時一分の時点で、江島医師がその後チエコの呼吸状態が悪化することを予見し得なかったことは前示のとおりであり、その状態のもとで、江島医師は、チエコの症状に留意して平常よりも看護婦の巡回回数を増やして経過観察を慎重に行っていたこと、血液ガス分析の患者に対する侵襲の大きさを考慮すると、江島医師が小康状態が得られたと判断した午前二時一分以降にこれを実施しなくても不相当とはいえないことに照らせば、江島医師の経過観察につき過失があったとは認められない。

5  さらに、原告は午前二時ころの時点で江島医師が水野医師に対して連絡をしなかったことは、主治医に連絡をしてその指示を仰ぐべき義務を怠ったものであると主張するが、前記3に認定した事実によると、当時のチエコの症状は、水野医師に連絡を取る必要があると判断される状態ではなかったと認められるので、右時点において、江島医師に原告主張のような義務があったと認めることはできない。

なお、その後、江島医師が看護婦から、チエコが下顎呼吸をしている旨報告を受けた午前六時ころまでの間に、江島医師が水野医師に連絡をとらなかったことについても、チエコの症状の悪化を予見できたと認めるに足りる証拠はないことは前記3認定のとおりであるから、午前六時ころまでの間に江島医師に水野医師に対して連絡をして、指示を仰ぐべき義務があったと認めることはできない。

五  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告の請求に理由がないから、これを請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山野井勇作 岡崎克彦 杉田薫)

別表〈略〉

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